今日は6月12日です。もう初日から一週間が経つとは。6月5日(金)から9日(火)まで行っていた、台湾プレリサーチ・第二編です。
二日目/6月6日(土)
思えば二日目と三日目が一番凝縮していたように感じます。というのも、台湾は博物館や図書館系は月曜日休館がほとんど。なので、多少無理してでも土日稼働が求められるわけです。




泊まっていたエアビーの裏には市場があって、朝ごはん屋さんがあります。自分はこの台湾の朝食文化が大好き。卵の甘くないクレープみたいな蛋餅(タンピン)と蔬菜湯(野菜スープ)を食べました。隣のおっちゃんがブルドッグを連れてて、めっちゃ息が荒かった。店主が「お座り!」的な言葉でしつけをしようとしてて、蛋餅めっちゃ食べていた。その様子も録った。しばらくすると、おっちゃんが「日本人?」と自分に訊いてきて、そうと答えたら、お会計で「全部!全部!」と言って、自分の分も奢ってくださった。。多謝〜と沢山言った。


気になる漢字がちらほら。
その後、総督府へ。総督府は第一週の休日が無料開放デーと訊いて、調べたら本当にそうだったのでラッキー。パスポートを見せて、「ペットボトルの飲み物を一滴飲んで。」と言われたのでそうした。胸ポケットにICレコーダーが2つ入ってたから、それを見せることになって怪しい人だったかも。でも無事に入れた。


ざっくりとした台湾の歴史にまつわる展示だった。


民主香腸(民主ソーセージ)!これは好きかも。
あと民主保護傘。そことそれがくっつく?みたいな言葉の組み合わせ。民主香腸はかなりキテる。

台湾は木が高い。。移動。

二二八和平公園(旧・台北新公園)に行く。総督府から歩ける距離なのです。この場所は自分のリサーチ的にとても重要な場所。同志文学の祖・白先勇氏の小説『孽子』の舞台でもあり、台湾最古のラジオ局・台北放送局が設置され、そこからは全編日本語のラジオ番組が放送されていた…らしい。だからたくさん行こうと思って、この五日間で4、5回は行った。以前の台湾図書館の前もそうだったけど、ここでも路上カラオケに遭遇する。その音も録ったよ。

ここで勘違い①。この公園内には台湾博物館があったので行ってみても、お目当ての展示が見つからなかった。お目当ての展示はこれ。時代的訊号:伝播技術與民主的攪動。そしたらなんと鉄道部園区という別館で、しかも15、20分くらいと少し離れたところにある。あと勘違い②。歩いても228記念館が無いな〜と思い、Google Mapで検索したら、なんか別の場所にある?(というのが後々勘違いだと発覚する)。

一旦鉄道部園区に移動。日本統治時代を思わせるレンガ造りの建物だった。
お目当ての展示を観に。日本統治時代から、台湾の民主主義と放送の歴史が、雑誌、紙芝居、ラジオ、テレビ、地下ラジオ運動(地下電台)と、いろんなメディアを通じてどのように発展してきたか。やっぱし地下ラジオがかっこいい。一番最初の写真は、地下ラジオの室を模したもの。豆電球の下で喋り続けるさまを想像する、それはロマンじゃない?やっぱし装置装置しいものを見ると自分は無性にアガっちゃう。これが自分の中の男性性?(急)。

自分が一番アガったのはやっぱこれでしょう。

地下ラジオの象徴的な局と言われているTNT寶島新聲。のラジオテープ。TNT寶島新聲は、同志にまつわる地下ラジオ番組(といっていいのか?)「同志星期五」もやってて、それも気になるところ。それはともかく、当時のラジオテープがずらりと並んでいた。色とりどり、図柄の異なるラジオテープたち。とっても聴きたかった!!これを聴くのが次の目標。台北プレリサーチでは、後々見返す用の写真は沢山撮れたのは大変収穫だったけど、実際の音声がなかなか聴けなかったのが無念だった。音声のほうがなまものだと思う。


筆致が明らか子どもなのに、聲。。

台湾の主な公共ラジオ局の地図的なやつ。これ驚いたのは、自分がこのあと、嘉義(台中を過ぎたあたり)と台北でFMラジオをいじった。ら、嘉義はまばらだったのに、台北では本当に1MHzの中にぎっしりとラジオ局が詰まってて、FMラジオのノブを一回転させずとも4、5局は聴けた。言語も違うし、もちろん内容も違う。一番上の局ではPerfumeが流れてたし。FMラジオのノブを回す行為のなかに、ラジオ局という家々がぎっしり並んだ住宅街のイメージをもった。

その後、228国家記念館に移動。228記念館と228国家記念館は別物です。自分は間違って(間違って?)228国家記念館に行ってしまいました。。
でもその後おもしろかったのは、228事件の犠牲者の見せ方。228国家記念館では、犠牲者の顔写真がずらりと並んでいた。官僚や弁護士といった高度職?の人たちは大半が載っていたけど、農民になっていくにつれて徐々に顔写真は無くなる。でも顔写真、名前、年齢、職業がずらりと並んで展示されていたのだった。

その後、228記念館と228国家記念館が別と気づいて、二二八和平公園へまた行く。時既に遅し、228記念館は閉まっていたのだった。

徐々に暗くなっていく公園。昼とは別の姿を見せる。なんかダージーパイ二日目終了。